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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)70478号 判決

原告 鈴木哲夫

被告 (旧商号有賀証券株式会社) 有賀株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  第一次および第二次請求の請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二、八〇〇万円およびこれに対する昭和四六年八月二五日より支払ずみまで、年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  第一次および第二次請求の請求の趣旨に対する答弁

主文第一、二項同旨

第二当事者の主張

A  第一次請求について

一  第一次請求の請求原因

1 原告は別紙手形目録記載の約束手形一通(以下本件手形という)の所持人である。

2 被告会社の取締役会長である訴外有賀宣治(以下訴外有賀という)は、被告会社を代表して、昭和四五年五月一五日、本件手形を振出日および満期のみ白地で振出した。

3 振出日および満期は本件手形のとおり補充記載された。

4 よつて、被告会社に対し、本件手形金二八〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年八月二五日より支払ずみまで商法所定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5 かりに、訴外有賀が被告会社の代表権を有しなかつたとしても、訴外有賀は本件手形振出当時被告会社の取締役会長の地位にあり、原告は、そのため代表権を有する取締役であると信じていたものであるから、被告会社は商法二六二条により本件手形の振出について責任を負わねばならない。

二  第一次請求の請求原因に対する認否

1 請求原因1、3の事実は認める。

2 同2の事実中、訴外有賀が被告会社の取締役会長であつたことおよび本件手形の振出日、満期が原告主張のとおり記載されていることは認めるがその余は否認する。訴外有賀は当時代表権を有しない取締役であつた。当時の代表取締役は山田雅四郎と久保田孫一郎の両名のみであつてその旨登記されていた。

3 同4は争う。

4 同5の事実中、訴外有賀が被告会社の取締役会長であつたことは認めるがその余は否認する。

取締役会長は、被告会社のように社長が別に置かれている場合には、商法二六二条の「会社を代表する権限を有するものと認むべき名称を附したる」いわゆる表見代表取締役には当らない。

三  第一次請求の抗弁

1 かりに取締役会長が商法二六二条のいわゆる表見代表取締役に当るとしても、原告は、昭和四三年五月頃、被告会社の代表取締役社長山田雅四郎から、訴外有賀が代表権のない取締役会長に就任した旨告げられていたことおよび本件手形の外観などから、訴外有賀が代表権を有しないことを知つていた筈であり、知らないとすれば知らないにつき重大な過失がある。

2 かりにそうでないとしても、本件手形の振出は原因関係を欠いている。

すなわち、後に、第二次請求の請求原因で原告主張のとおり、訴外有賀は、被告会社の代表取締役であつた昭和四二年九月二六日、原告より株式会社保谷硝子の株式一四万株を期間同月二七日より六〇日間の約束で借受け、同時に、被告会社を代表して原告に対し右借受けにつき保証をしたところ、訴外有賀は右株式のうち一〇万株を原告に返還しなかつたので、本件手形は右保証契約に基づき訴外有賀の債務不履行による損害賠償のため振出されたものである。しかしながら、右保証契約は、後に、第二次請求の抗弁で被告主張のとおり、株式会社の取締役個人の債務につきその取締役が会社を代表してなしたものであるから、商法二六五条により取締役会の承認を要するところこれを欠いており、原告はその事情を知つていたのであるから無効である。したがつて、本件手形は無効な保証契約の履行のため振出されたものであるから振出の原因関係を欠いており、被告は受取人である原告に対して本件手形金を支払う義務はない。

四  第一次請求の抗弁に対する認否

抗弁1の事実は否認する。

同2の事実中本件手形振出の原因関係が被告主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。

B  第二次請求について

一  第二次請求の請求原因

かりに、被告に本件手形上の責任がないとしても、予備的に第二次請求として、原告、被告会社間の保証契約に基き、訴外有賀の債務不履行により原告が蒙つた損害の賠償を求める。

1 原告は、昭和四二年九月二六日、訴外有賀に対して、原告所有の株式会社保谷硝子の株式一四万株を、期間昭和四二年九月二七日より六〇日間、賃借料日歩一銭六厘の約束で貸与して引渡し、被告会社は、同日、訴外有賀の右債務を保証した。

2 訴外有賀は、右株式のうち四万株を原告に返還したが、残一〇万株については、これを訴外大阪信用金庫より金二八〇〇万円を借入れその担保に供したところ、その後無資産となつたため原告に返還することができなくなり、昭和四五年五月一五日、訴外有賀および被告会社は、原告に対して、右残一〇万株を原告に返還できない旨申出た。

そこで原告は止むを得ず、同日、訴外有賀の訴外大阪信用金庫に対する右金二八〇〇万円の借入金債務を引受けて、右残一〇万株を訴外大阪信用金庫より返還を受けた。

訴外有賀の右残一〇万株の返還債務の不履行により、原告は右債務引受をした借入金二八〇〇万円相当の損害を蒙つた。

よつて、被告会社に対し、右保証契約に基づき、右損害金二八〇〇万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年八月二五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  第二次請求の請求原因に対する認否

被告が、原告主張の保証契約をしたことは認めるが、その余は知らない。損害額は争う。

三  第二次請求の抗弁

右保証契約は、被告の代表取締役であつた訴外有賀が、自己の原告に対する債務を被告会社を代表して保証したものであるから、訴外有賀にとつては利益となり被告会社にとつては不利益となるので、商法二六五条により、取締役会の承認を要するところ、これを得ていないもので、原告はそのことを知つていたものであるから、右保証契約は原告に対して無効である。

四  第二次請求の抗弁に対する認否と主張

1 右保証契約は、訴外有賀が被告会社を代表して締結したものであるが、訴外有賀と被告会社との間に利益相反の関係はないので、商法二六五条による取締役会の承認を要しない。

すなわち訴外有賀が原告より前記のとおり株式の貸与を受けたのは、昭和四三年四月一日を期し、証券業が免許制に移行するに当り、被告会社が証券取引法による大蔵大臣の免許を得るため資産を充実することを目的とするものであつたから、形式的には訴外有賀が貨与を受けたものであるが実質的には被告会社自身が貸与を受けるべきものであつた。現に、右株式は、訴外有賀の訴外大阪信用金庫に対する借入金の担保に供され、この借入金は被告会社の赤字ないし顧客に対する立替金等不良資産の整理に充当され、この結果被告会社は昭和四三年四月一日証券取引法による大蔵大臣の免許を得ることができたのである。したがつて、訴外有賀の右株式返還債務を被告会社が保証するについて両者の間に利益相反の関係はない。

2 かりにそうでないとしても、右保証契約について取締役会の承認がないことは知らない。原告がその事情を知つていたとの主張は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

第一第一次請求について

一  原告が本件手形の所持人であることについては当事者間に争いはない。

二  原告は、被告会社の取締役会長である訴外有賀が昭和四五年五月一五日被告会社を代表して本件手形を振出した(ただし、振出日と満期のみ白地。以下同じ)と主張する。

しかし、訴外有賀が被告会社の取締役会長の地位にあつたことは当事者間に争いはなく、本件手形が訴外有賀により被告会社取締役会長有賀宣治名義で振出されたことは弁論の全趣旨および本件手形であること明らかな甲第一号証の記載によつて明らかであるが、成立に争いのない乙第三号証によれば、訴外有賀は、昭和四三年一一月二八日被告会社の代表取締役を辞任し同年一二月四日その旨登記されていることが認められるので、本件手形振出当時被告会社を代表して手形を振出す権限はないといわざるを得ないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

三  原告は、被告会社に、訴外有賀の手形振出について表見代表取締役の行為としての責任があると主張し、被告会社はこれを争うので、この点について判断する。

1  まず、取締役会長が、商法二六二条の「会社を代表する権限を有するものと認むべき名称を附した」いわゆる表見代表取締役に当るか否か検討する。

一般に、取締役会長とは取締役会における主席たる地位にある取締役を指すものと考えられるので、代表権を有するのが通常である。もつとも、会長の外に社長が別に設けられている場合には、取締役会長とは合議体の議長たる地位を指し必ずしも代表権を有するのが通常であるとはいえないとの見解もあり得ようが、社長が別に設けられているか否かは第三者には必ずしも明らかでなく、個々の会社の内部組織によつて取扱いを異にするのは取引の安全保護を目的とする商法二六二条の趣旨からいつて適当ではないので、取締役会長はすべて同法のいわゆる表見代表取締役に当ると解するのが相当である。

2  次に、会社がいわゆる表見代表取締役の行為について第三者に対して責任を負うためには、第三者が善意であることを要し、第三者が善意であるかぎり、たとえ過失がある場合でも会社は商法二六二条の責任を免れることはできない(最高裁、昭和四一、一一、一〇判決、最高裁判例集二〇巻九号一七七一頁参照)。

しかし、代表取締役の氏名は登記事項であるから取締役を通じて会社と取引をしようとするものは登記簿の閲覧によつて代表権の有無を容易に知り得るわけであり、また会社の支払の担当者等への照会によつてもこれを確めることができる筈である。したがつて、当該取締役の代表権の有無を疑うに足りる十分な理由がある場合に登記簿の閲覧ないし会社の支払担当者等への照会を怠つた者は、たとえ善意であつてもその善意につき重大な過失があるものというべく、このような場合には、公平の見地からいつて、善意の第三者といえども商法二六二条の保護に値しないと解するのが相当である。

3  本件についてこれをみるに、訴外有賀が被告会社の取締役会長の地位にあつたことおよび本件手形が訴外有賀により被告会社取締役会長有賀宣治名義で振出されたことは前記のとおりであり、原告が右代表権の欠缺につき善意であつたことは原告本人尋問の結果によりこれを認めることができる。

しかしながら、本件手形であること明らかな甲第一号証の記載、証人有賀宣治の証言および原告本人、被告代表者の各本人尋問の結果によれば、(イ)、原告は長年訴外株式会社保谷硝子の代表取締役社長または相談役顧問の地位にあるものであり、右株式会社保谷硝子は被告会社の主要な株主の一人であること、(ロ)、訴外有賀が被告会社の代表取締役を辞任し代表権のない取締役会長に就任した当時、被告会社の代表取締役の山田雅四郎は、原告を訪問して、今後会社の業務は一切右山田において総括し執行する旨伝えたこと、(ハ)、本件手形は取引銀行発行の手形用紙によるものではなく、支払場所も銀行ではなく被告会社と記載され、振出人の住所、商号および「取締役会長有賀宣治」の記載はいわゆる手書きであり、印影は被告会社の社印によるものではなく訴外有賀の個人印によつて顕出されたものであるなど通常会社が振出す手形としては奇異に感ぜられる記載が多いことの各事実が認められ、これらを動かすに足りる証拠はない。これらの各事実を総合すれば、本件手形の振出は、訴外有賀の権限濫用ではないかという疑惑が当然生ずる筈であると思われるので、訴外有賀の代表権の有無を疑うに足りる十分な理由があつたものといわなければならない。

それにも拘らず、原告が登記簿の閲覧または被告会社の支払担当者への照会という簡単な調査を怠つたことは弁論の全趣旨により明らかであるから、原告は、その善意につき重大な過失があるといわざるを得ない。

そうであれば、原告は商法二六二条の保護に値しないものというべく、被告会社は、原告に対し、本件手形振出について表見代表取締役の行為として責任を負う理由はない。

四  以上の次第であるから、原告の本件手形に基づく第一次請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

第二第二次請求について

一  いずれも成立に争いのない甲第五、第六号証、証人有賀宣治の証言および原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和四二年九月二六日、訴外有賀に対して原告所有の株式会社保谷硝子の株式一四万株を、期間同月二七日より六〇日間、賃借料日歩一銭二厘の約束で賃貸して引渡したことを認めることができ、被告会社が、同日、訴外有賀の原告に対する右株式の返還債務を保証する旨の契約をしたことは当事者間に争いはない。

二  次に訴外有賀の右株式返還債務の不履行の点はさておき、右保証契約の商法二六五条違反の抗弁について検討する。

右保証契約は、当時被告会社の代表取締役であつた訴外有賀が被告会社を代表して締結したものであることについては当事者間に争いはなく、前掲各証拠と被告代表者の本人尋問の結果を総合すると、右保証契約について被告会社の取締役会の承認ないし追認はなされていないことおよび原告は右事情を知つていたものであることを認めることができる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は被告代表者の本人尋問の結果に照らして措信し難く、他に右認定を動かすべき証拠はない。

ところで、商法二六五条の取引中には、取締役と会社との間に直接成立すべき利益相反の行為のみならず取締役個人に利益であつて会社に不利益を及ぼす行為も取締役の自己のためにする取引としてこれに包含されると解すべきところ(最高裁昭和四三、一二、二五判決、最高裁判例集二二巻一三号三五一一頁参照)、右保証契約は前記のとおり被告会社の代表取締役である訴外有賀個人の原告に対する株式返還債務を被告会社が保証するものであるから、特段の事情のないかぎり取締役個人に利益で会社に不利益を及ぼすものと解されるので、同法により取締役会の承認を要するものといわなければならない。

原告は、右株式の訴外有賀に対する貸与は被告会社の資産内容を充実する目的でなされ、かつその通り使用されたのであるから訴外有賀と被告会社との間に利益相反の関係を生じない特段の事情があると主張するが、証人有賀宣治の証言中右主張に沿う部分は被告代表者の本人尋問の結果に照らしてたやすく措信し難く、他に右特段の事情を認めるべき証拠はない。

したがつて、右保証契約は取締役会の承認を得ていないのでこの点につき悪意である原告に対して効力を生じないものと解する外はない。

三  そうであれば、右保証契約がなされたことを前提とする原告の第二次請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

第三結論

以上の次第であるから、原告の第一次および第二次請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 光広龍夫)

別紙 手形目録

金額 二八〇〇万円

満期 昭和四六年五月一五日

支払地 東京都

振出地 東京都中央区

支払場所 有賀証券株式会社

振出日 昭和四五年五月一五日

振出人 有賀証券株式会社取締役会長 有賀宣治

保証人 有賀宣治

受取人 鈴木哲夫

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